小説問題で登場人物の心情をどう答える?客観的読解と深読みの境界

みみずく先生のプロ家庭教師&ライター奮闘記 国語一般
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「小説は苦手」という生徒が陥る罠

入試国語では、さまざまな小説が題材として出題されます。中高生の青春の一コマを描いた小説だと、「読みやすい」と生徒たちは言います。一方、時代背景も戦前で老人が主人公という文章だと、「こんなの分かんない」と生徒たちは文句タラタラです。

「小説問題で正解できるかどうかは、本文との相性にかかっている」ともいえそうですね。しかし、本当にそうなのでしょうか?

僕は否の立場です。というのも、「読みやすい」小説で生徒たちが高得点できているわけではないからです。本文は「読みやすい」はずなのに、生徒たちは選択肢問題でボコボコ間違います。彼らが陥っている罠について考えてみましょう。

「読みやすい」小説なのに間違い続出!

平成21年度都立高校入試の国語には、橋本紡「永代橋」の一節が出題されました。小学5年生の島村千恵と彼女の祖父・エンジとの交流を描いた小説です。

エンジはぶっきらぼうな性格で、感情をあまり表に出しません。「気が向いたら(また俺のところに)来い。」と千恵に言った後に、「気が向かなかったら来なくていい。」と続けるようなツンツンした性格です。

そんなエンジと一緒に千恵が永代橋(東京都の隅田川にかかっている橋)を渡るシーンが問題の本文に採用されました。言葉遣いは平易で、全体的に「読みやすい」印象を生徒たちに与えました。

しかし、問2で、生徒たちの解答が大きく分かれました。正解のアではなく、不正解のエを選ぶ生徒たちが多かったのです。

客観的読解と深読みの違いは?

多くの生徒たちが間違った問2の問題は次の通りです。

「少し歩くごとに、エンジは待っていてくれた。」とあるが、この表現から読み取れるエンジの様子として最も適切なのは、次のうちではどれか。

正解の選択肢アは次の通りです。

その場を去りがたそうな千恵の気持ちを察し、名残を惜しませてやろうとさりげなく気遣っている様子。

一方、多くの生徒たちが選んだ不正解の選択肢エは次の通りです。

遠回りをしていつもの散歩道を歩くことで、少しでも長く千恵と一緒にいられることを喜んでいる様子。

エを選びたくなる生徒たちの気持ちは僕も分かります。エンジはぶっきらぼうです。しかし、本文のあちこちの描写から、エンジが千恵のことを大切に思っているのは明らかです。その流れの中で、「少しでも長く千恵と一緒にいられることを喜んでいる」という発想に至ってもおかしくはありません。

しかし、答はあくまでもア。その根拠は、問題となっている傍線部の直前「自然と千恵の足取りは遅くなった。」でしょう。この一文を考えてみます。

千恵の気持ちが分かるエンジはどうすべき?

千恵の足取りが遅くなったのは何故でしょうか?

それは、エンジと別れたくない、家に帰りたくない、という気持ちが千恵にあるからでしょう。だからこそ、「少し歩くごとに、エンジは待っていてくれ」ました。このときのエンジは何を思っていたのでしょうか?

自然な解釈として、「名残を惜しませてやろうとさりげなく気遣っている」を選べるはず。この解釈の流れを客観的読解です。10人中9人が「こういう場合は●●する」と考える●●を選ぶ(書く)ことが、入試国語における客観的読解です。

エンジが「喜んでいる」根拠はどこにある?

エの選択肢のような、エンジが「少しでも長く千恵と一緒にいられることを喜んでいる」ことを示す明確な根拠は本文中にはありません。

たしかに、エンジは、家に帰る予定の千恵を連れて、わざわざ遠回りをします。しかし、遠回りの理由、もしくはその理由を推測できる描写がありません。当然、エンジが遠回りした理由を聞かれたら、「分かりません」と答えるか、「千恵が帰る前に、いつもの散歩道を歩かせたかったから」と答えるのが限度でしょう。エンジが「少しでも長く千恵と一緒にい」たかったのかどうかは不明です。

つまり、エは深読みだから正解とならないのです。このような深読みを排除できない生徒たちは小説問題を苦手とします。

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