怠惰故に大学受験で失敗した子どもの浪人希望を保護者は認めるべき?

みみずく先生のプロ家庭教師&ライター奮闘記 保護者・親子関係

子どもの浪人を認めるかどうかは、「子どもの可能性を信じる」といった主観的な判断ではなく、前ページの1や2のような客観的な基準で考えることが大切です。そして、客観的な基準の中には、家庭の経済事情も含まれます。

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家庭の経済事情も考える

最近は、子どもに甘い保護者が増えました。子どもに言われるがままお金を出す保護者も珍しくありません。子どもの「やりたい」を満足させるため、何百万もかけてさまざまな習い事をさせ、塾通いをさせ、私立の中高に通わせ……が当たり前になっている家庭があります。子どものためにかなり無理をしてお金を捻出している家庭は本当に大変です。

予備校や塾の多くも、「子どものためにお金をかけるのは親の義務だ」という論調で保護者を煽ります(そこには、子どもをダシにして保護者からお金を引き出そうという狡猾な営業戦略が見え隠れします)。

しかし、このようなお金のかけ方が本当に子どものためになっているかは疑問です。

モラトリアム人間誕生

高校を卒業した子どもは、親からの自立を考えてもいい年頃。それにもかかわらず、子どもの怠惰な浪人生活を支援するのは、本当にその子どもの将来に資するのでしょうか?

保護者がお金をかければ、子どもの「今」は満たされるでしょう。一方で、子どもが社会人として独り立ちする機会は先延ばしされます。

ずっと以前、僕と同い年(当時20代後半)の大学生と話したことがあります。彼は「論文を書きたい」「公務員試験も考えている」と言いながら、大学を転々としていました。

多くの20代後半は社会人として活躍し、人によっては家庭を築いています。一方で、大学生の彼はダラダラとモラトリアム期間を満喫。それが可能だったのは、彼の両親が金に糸目を付けずに彼を支援し続けてきたからです(彼の生活費から学費まで、彼の両親が全て負担していました)。

子どもの浪人生活をどう支援するかによっては、この例のような典型的なモラトリアム人間が誕生してしまいます。

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