長所を伸ばす指導は効果的?
教育の世界に身を置いていると、「短所を克服させる指導よりも、長所を伸ばす指導の方が良い」という話をしばしば耳にします。
「コーチング」と「褒めて伸ばす」
「コーチング」と呼ばれる技法を掲げる指導者・教育者の間では、「長所を伸ばす」が特に優勢です。コーチングとは、相手の話に耳を傾け、相手の感情に寄り添い、その上で相手の自発的な行動を促す、という対話型の人材開発法です。ここでは、相手の欠点をあげつらって批判するような態度はNG。指導者は、あくまでも相手の可能性を引き出すお手伝い(サポート)をするにとどまるのです。
「コーチング」とは言わないまでも、いわゆる「褒めて伸ばす」的な指導では、やはり「長所を伸ばす」がメインです。「褒めて伸ばす」の是非はさておき、長所を伸ばす指導は本当に効果的なのでしょうか?
長所を伸ばす指導者・教育者の経歴
「長所を伸ばす」を理念とする指導者・教育者の経歴をまずは確認してみてください。彼らは、学生時代、自らが掲げた目標を実現できているのでしょうか?勉強でも部活でも受験でも構いません。彼らはきちんと結果を出していますか?
長所を伸ばす指導法を得意とする塾講師や家庭教師がいます。しかし、彼らが学歴について話すとき、「私は第一志望の大学(高校)に失敗したけれど、その後頑張って云々。『結果』として、人生で成功している」というケースが多いように思われます。彼らが言う「結果」とはそもそも何なのでしょうか?
この「結果」という部分にひっかかるからこそ、僕は、長所を伸ばす指導に疑いを抱くのです。
「結果」をどう捉えるか?
「結果」という言葉は、使い方によっては、ニュアンスが異なってくるように思われます。
先述した「『結果』として、人生で成功している」という場合の「結果」は、受け入れざるを得ない現状という意味合いでしょう。ここでいう「結果」は受動的です。一方、受験生が口にする「結果」は、●●大学に合格するなど、不確定な未来に対する積極的な目標設定のことでしょう。こちらの「結果」は能動的です。
「結果」という一義的な言葉であっても、指導者が言う「結果」と生徒が言う「結果」は、微妙に食い違っていることもありえるのです。
長所を伸ばす指導がもたらす「結果」
長所を伸ばす指導のメリットは、生徒のプライドを傷つけずに楽しく勉強させられる点にあります。
たとえば、英語だけが得意な生徒がいるとします。この生徒の英語をどんどん伸ばす指導をすると、次のような効果が考えられます。
- 将来的に英語を使う道に進み、その世界で活躍できる。
- 英語の成績がトップレベルになり、数学をカバーできる。
- 英語に自信を持った勢いで「数学も頑張ろう!」という気持ちになる。
いずれもありえそうなことですね。
一方、いずれも実現しない可能性もあります。生徒が「得意」と思っていることは、客観的には案外できていないものです。生徒の「得意」を鵜呑みにして褒めてみたものの、箸にも棒にも掛からない惨憺たる成績に……。
もちろん、指導法を工夫すれば、「英語が得意」と思っているだけの生徒を、本当に英語が得意な状態に導けるでしょう。しかし、2や3の効果をもたらす保証はどこにもありません。
英語が得意な生徒は、英語しか勉強せずに他の科目が壊滅しがちです。総合点で勝負する入試では、一科目だけが飛び抜けていてもあまり意味がありません。全体的に高得点を求められる医学部受験ならなおさらです。
長所を伸ばす指導は不確実な要素が大きいといえます。「こうしたらこうなる」という戦略を立てにくいのです。そのため、「どんな結果になっても受け入れる」という覚悟が必要です。
「『結果』としてはよかった」というのは、「当初の目標であった『結果』は達成できなかったが、肯定的に現状を受け入れよう」の言い換えです。実際、志望校に落ちた生徒が、滑り止めで入学した学校で才能を開花させる、という例はたくさんあります。しかし、そこで語られる「結果」は、当初イメージしていた「結果」とは根本的に異なります。
短所を克服させる指導の前提となる「結果」
短所を克服させる指導は、「こうしたらこうなる」という戦略を練りやすいのです。もっとも、その前提となる「結果」は、入試や定期試験などの問題を分析した上で算出される具体的な目標点や目標偏差値でなければなりません。
もう一つ重要なことは、何を以て「短所」と考えるか?です。
たとえば、国公立の理系大学志望の受験生が大学入学共通テストを受験するとします。「国語」は受験必須だが、最終的な配点が50点/800点にしかならないとしたら……。「国語」で点数を取れなくとも、それを「短所」として潰すメリットはほとんどありません。
逆に、30分で解かなければならない配点の高い問題をその生徒が60分で解いていたら……。「スピードが遅いのは生徒の個性だから」などと誤魔化してはいけません。そんな「個性」は、間違いなく「短所」です。
つまり、想定している「結果」への道のりを妨げる要因は全て「短所」で、排除すべきものなのです。この「短所」を適切に潰していけば、生徒がイメージする「結果」が高確率で実現します。
長所を伸ばすか?短所を克服させるか?
長所を伸ばす指導と短所を克服させる指導のどちらがいいのか?
結論は「どちらでもいい」です。むしろ、両者を併用しながら指導するのが一般的でしょう。
もちろん矛盾があってはいけません。想定する「結果」をどうしても実現したいと考える生徒に、長所を伸ばす指導だけを行なっても、その生徒が望む「結果」が必ずしも実現するとは限りません。むしろ、実現しない可能性の方が高くなります。
ここを勘違いしている生徒や保護者がたくさんいます。「自分(子ども)の短所を一切指摘せずに、何が何でも第一志望の●●大学へ導いてほしい」と。そんなことができる指導者や教育者がいれば、その人は今ごろ大金持ちでしょう(笑)
とはいえ、短所を克服させる指導は難易度が高めです。生徒のプライドを傷つけ、場合によってはその生徒を勉強嫌いにしてしまうからです。
したがって、短所を克服させる指導を行う指導者は、指導を始める前に生徒・保護者と話し合う必要があります。「結果」をきちっと定めた上で、「どういう方向性を目指すべきか?」という戦略を丁寧に伝えるべきです。ここで合意が形成されていないと、指導者も生徒・保護者も不愉快な思いをした挙句、「結果が出ない」という最悪の事態に陥ることがあります。
トップ画像=写真AC
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