なぜ子どもの話に耳を傾けるのか?大人との交流が子どもの将来に与える影響

なぜ子どもの話に耳を傾けるのか?大人との交流が子どもの将来に与える影響 生徒・保護者

最近とても嬉しい出来事がありました。その詳細は書きませんが、関連して考えたことや思い出したことを記事として残しておきます。

僕が幼い子どもの話に耳を傾ける理由

僕は小学生以下の子どもと出会ったら、できるだけその子の話を聞いたり、その子のやりたいことに付き合ってあげたりしています。

家庭教師として小学生を指導する場合、生徒本人や保護者からの依頼があれば、生徒と一緒にあちこち出かけることがありました(保護者同伴の場合もありました)。

美術館や博物館、地域の祭りやイベント、電車旅、映画、スケート、スーパー銭湯、さらにはコミケや昆虫食の会にも行きました。

こうしたお出かけは指導ではないので、指導料を請求するわけではありません。純粋に、生徒と過ごす時間を楽しみました。

また、指導対象の生徒の弟や妹と出会ったら、指導時間外に、彼らにも話しかけていました。彼らがいろいろ話してくれるようなら、じっくり耳を傾けました。

旅先やイベントでも、子どもと交流する機会があれば、やはり彼らの話にじっくり耳を傾けます。彼らと一緒に行動することもあります。

幼い子どもが将来の生徒になる可能性はあります。

しかし、僕に営業的な意図はありません。「大人が幼い子どもとしっかり向き合うことが大切」と思うから、話しかけたり話を聞いたりしてきただけです。

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「どうしたら子供が自分から勉強するようになりますか?」という保護者の質問に、家庭教師としてアドバイスします。今すぐにでも実践できるはずです。

子どもが大人との交流で得られるもの

僕自身は幼い頃、よくしゃべる子どもでした。

母子家庭で、母が人付き合いが得意でないこともあり、それほど多くの大人が身近にいたわけではありません。

しかし、病弱だった僕は病院通いが多く、そこで看護師さんに話し相手になってもらっていました。

小学校では、用務員さんや、他のクラス・学年の先生とも、何らかの交流をすることもありました。

ただ、当時の僕は大人をおちょくる発言も多く、母からはよく「余計なことを言うな」と叱られていました。

このようなクソガキだった僕ですが、周囲の大人たちからはだいぶ大切にしてもらったと思っています。

逆に、口の悪さと奇行が原因で同級生たちとはあまり上手くいっていませんでした。そこを大人たちに救ってもらっていたような気がします。

こうして大人たちと会話することで、大人の言葉を覚えました。大人の視点も学びました。「どう話せば伝わるか?」を考えるので、話すスキルが伸び、それが作文などで役立つ文章力にもつながりました。

可塑性に富み、吸収力にも優れている幼い子どもは、大人、特に、保護者やクラス担任といった身近な存在ではない大人とたくさん交流できるどうかで、その後の人生が大きく変わる、というのが僕の実感です。

子どもとの一期一会を大切にする

昨年、出張した日の夜、僕は大浴場を利用した後、サービスのアイスを選んでいました。そこに同じく風呂上がりの、小学生(と思われる)の男の子がお父さんと一緒にやって来ました。

僕は男の子とアイスを巡る攻防を繰り広げ……たわけではありませんが、ちょっとだけ言葉を交わし、同じエレベーターに乗りました。男の子はエレベーターから降りるとき、僕に「おやすみなさい!」と元気に言ったので、僕も「おやすみなさい!」と返しました。

翌朝、朝食時に僕はその男の子を見かけたので、「おはようございます!」と声を掛けました。一緒にいたお母さんが「あの人誰?」みたいになっていましたが、男の子はニコニコと昨夜の出来事を話しているようでした。

ただこれだけです。その男の子とさらに何かがあったわけではありません。

また、夏に式根島へ行ったとき、友人の案内で地鉈温泉に入っていたら、家族連れがやってきました。このとき、小学生の男の子とちょっとした交流がありました。

僕は、寄せては引いていく波に男の子の体が持って行かれないように、彼の手を握っていました。彼は「持ってかれるぅ~」と言いながら波を楽しんでいて、このとき僕は彼といろいろ話をしました。僕が「式根島は東京の一部だよ」と話したら、彼は「え~そうなんですか~?」と驚いていました(笑)

これも特にオチはありません。ただ、短い時間に彼と僕が交流したというだけの話です。

いくつか思い出せる範囲で、直近の出来事を書きました。

いずれも大した出来事ではありません。

子どもたちは僕のことを全く知らないし、時間が経てば、僕のことを忘れるかもしれません。僕と再会することもまずないでしょう。

それで構わないのです。それでも僕は、子どもたちとの一期一会をとても大切にしています。

たった一回切りの出会いで、本当に短い時間でも、「自分と話してくれたり、見守ってくれたりした大人がいた」という経験が、子どもたちの将来に良い影響を与える、と信じているからです。

地域で子どもを見守るとか、社会が子どもを育てるとか、そういう大仰なことではありません。

もっと狭い範囲で、偶然の出会いにおいて、赤の他人でしかない大人が子どもにどう接するかが重要だ、と思います。

子どもたちの中に「大人に大切にしてもらった」という記憶が蓄積されれば、彼らが大人になったとき、世界に対する信頼感を失わないでしょうし、精神も安定するでしょう

僕自身が大人に大切にしてもらった記憶があり、そのおかげで現在、だいぶ救われています。自分が嬉しかったことを、これからも子どもたちにしていきたい、と思っています。

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