だいぶ前の話です。
ある日、中学生のA君は授業中に先生から私語を叱られました。
彼の話によると、彼が積極的に私語をしたわけではなかったそうです。後ろの席のB君に話しかけられ、それに応じたところを先生に注意された、といいます。
一方、話しかけたB君はおとがめなし。話しかけられたA君だけが叱られ損です。
この場合、A君が気の毒に思えますが、やはり悪いのはA君です。なぜなら、B君を無視しなかったからです。
トラブルに巻き込まれたくなければ、リスクのある人と関わらないようにしなければなりません。
そのためにも、「リスクのある人とはどのような人なのか?」を知っておく必要があります。
リスクのある人=悪意無き加害者
大人の世界でも子どもの世界でも、A君のように、他人のせいでトラブルに巻き込まれやすい人がいます。
そして、彼らに損害をもたらすのは多くの場合、リスクのある人です。このような人を私は「悪意無き加害者」と呼んでいます。
悪意無き加害者とは、「他人に危害を加えよう」という意志が無いにもかかわらず、他人に迷惑をかけてしまう人です。
彼らは悪人ではありません。しかし、自分の言動が他人にどのような影響を与えるかに無頓着です。
彼らは自己中心的な理由から積極的に他人に関わりますが、その人が困っていることには全く気づきません。酷い場合だと、自分の言動が「善意」や「好意」に基づいていると信じ込んでいて、批判されようものなら、敵意をむき出しにして反発します。
彼らは、悪意が無い分、誰かに責められたり制裁を受けたりすることはあまりありません。処世術に長けていると、地位や権力を手にして、誰からも批判的な意見が出ないようにします。
彼らによって甚大な被害を受けるのは、彼らを拒絶できないお人好しです。
悪意無き加害者から自分の身を守る
A君の例でいえば、B君が悪意無き加害者で、A君はB君の被害者です。理不尽といえばこれ以上の理不尽はありません。
しかし、僕はA君に次のように話しました。
話しかけられたからといって、それに応じる君が悪い。B君は悪気があるわけじゃないけど、結果として君に損害を与えた加害者だ。そして、世の中には、B君のような人間がたくさんいて、君みたいなお人好しがそういう人たちの尻拭いをさせられる。これからも、そんな尻拭いばかりしたいのか?
A君は悪意無き加害者から自分の身を守るべきでした。
悪意無き加害者は自然災害と同じです。地震や台風などの被害を受けた人は気の毒です。
しかし、本来なすべき自衛策を講じず、自ら被害を拡大させた人は自業自得と評価されがちです。それと同じことがA君にもいえます。
B君に話しかけられたA君は、次のいずれかを選択できます。
- 自分の身を守るためにB君を無視する。
- 今後のことを考えてB君を注意する。
- B君は友達だからという理由でB君に応じる。
A君が取るべき行動はどれが一番適切だったのでしょうか?
最も無難なのは1です。無視しているA君にしつこくB君が話しかければ、さすがに先生もB君を注意するはずです。
2は、どちらが悪いのかが先生にはっきり分かるように、見せ方も工夫して行わなければなりません。安易にB君に応じてしまうA君に、このような工夫ができるとは思えません。
そして、最悪の選択肢が3です。自然災害にたとえるならば、竜巻の中に突っ込んでいったり、氾濫した川を見に行ったりするようなものです。
このようにバカなことをすれば、先生に注意されて当たり前です。
A君は、悪意無き加害者であるB君から身を守るため、B君から話しかけられても無視するべきでした。
悪意無き加害者から自分を守るために
繰り返しますが、トラブルの多くは悪意無き加害者が引き起こしています。
悪意無き加害者から身を守るためには、彼らに関わらないのが一番です。完全に縁を切るのが難しければ、できるだけ距離を置いて、交流を最低限にします。
そのためにも、悪意無き加害者を見分けられるようにしなければなりません。彼らには一般的に次の特徴があります。
- 不適切な言動が目立つ。
- 自分の信じる「正しさ」を他人に押し付ける。
- 他人からの「これをやって(やめて)」を無視する。
B君は授業中にA君に話しかけたのですから、1に該当します。さらに、A君が「話しかけないで」と注意しても話しかけてくるなら、3にも該当します。
2の特徴のある人は、柔軟性に欠けるため、自分の信じる「正しさ」で突っ走り、結果として他人に迷惑をかけます。他人への批判や不満が多い人は2の可能性が高いといえます。
B君が2だったのかどうかは不明です。ただ、A君によると、B君は成績が悪いと親に殴られていたそうなので、価値観が歪んでいたのかもしれません。
特定の人たちと関わらないようにするのは「差別」にも見えますが、それは違います。
誰にでも平等・公平に接するべき義務があるのは、公務員などの特定の職業だけです。
彼らは法律や制度によって守られていて、無理難題を吹っかけてくる人に、根拠を示しながら「それはできません」と言えます。きっちり線引きできるからこそ、平等・公平が担保されるのです。
さらに、平等・公平はあくまでも仕事の中だけの話で、プライベートにまで同じ態度を求められるわけではありません。
特定の職業ですらない人は、日常生活において「この人を拒絶するのは差別なのか?」といちいち気にしなくてよいでしょう。
悪意無き加害者にもさまざまな事情があるはずです。彼らの迷惑な言動は彼らなりの「善意」や「好意」に基づくのかもしれません。
だからといって、彼らにどこまで配慮するかは個人の自由です。「危ない」と思ったら、彼らに毅然とした態度を取ることが、自分を守るためには必要です。

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