「本文を読めれば問題も解ける」とのたまうバカ国語講師に物申す!

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「本文を読めれば問題も解ける」とのたまうバカ国語講師に物申す!

某私立中学の入試問題で、次のような問題が出題されました。

【問】傍線部「何が迷惑になるか分からない人たち」とは、ここではどういう人たちのことを指しているか。次の中から適当なものを一つ選び、記号で答えなさい。

ア 自分とは異なるものの考え方や感じ方をする人たち。

イ 他人がどう感じているか察する能力がない人たち。

ウ 自分の利益を追い求めることしか興味のない人たち。

エ 自分の思っていることをあまり表情に出さない人たち。

この問題で間違った生徒は、「本文がよく分からなかったから正しい答を選べませんでした」と言っていました。彼の言葉をヒントに、国語の読解問題の方法論について考えてみましょう。

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「本文を読めれば問題も解ける」の呪縛

学校や塾の国語の授業では、教師や講師が「本文を読めれば問題も解ける」と教えることが多いようです。彼らの言っていることはもっともらしく聞こえます。

冒頭で紹介した生徒も、「本文を読めれば問題も解ける」という意識が強かったため、【問】で間違った原因を本文が読めなかったことに帰着させたのでしょう。

しかし、ここで思考停止してはいけません。問題を解く上で、本当に本文全体の完璧な理解が必要なのでしょうか?

このような疑問をもって改めて【問】に取り組むと、意外な事実に気づけます。

傍線部の言い換え問題の解法とは?

傍線部の言い換え問題では、傍線部中やその前後の語句と同じ(似た)語句を探すという解法があります。

もっとも、冒頭の生徒も含めて、ほとんどの生徒がこの解法を知らないのも事実。学校はまだしも、受験国語を教えているはずの塾は一体何をしているのでしょうか?

塾の国語の授業は役に立たない?時間とお金と労力を浪費しないために」でも指摘したように、塾の国語の授業が役に立っていないわけです。

さて、【問】に話を戻しましょう。本文中で、【問】となっている傍線部と似た表現を探します。すると、傍線部の近くに「何が迷惑になるか分からない人たちの中でどうやって生きていくか?」と書いてあります。ここで「の中でどうやって生きていくか」という言葉を覚えておきましょう。

「この言葉と似たような表現が無いかな?」と意識しながら、改めて傍線部の後ろを読んでいくと、「異文化の中でどうやって生きていくか」という部分を見つけられるはずです。「の中でどうやって生きていくか」という部分が、傍線部を含む文と完全に一致しています。

したがって、「何が迷惑になるか分からない人たち=異文化」という対応関係が明らかなので、「異文化」の言い換えに最も近いアが正解だとわかります。

バカ国語講師のせいで潰れる受験生たち

傍線部の言い換え問題を解くだけなのに、本文全体の完璧な理解は必要でしょうか?

筆者の主張を的確に把握し、本文をキレイに要約できれば、【問】の答が自ずと明らかになるのでしょうか?

そんなわけありません。

上で紹介した方法論を駆使すれば【問】が解けます。本文を精読して理解するよりも、本文中から解答根拠を「探す」作業の方が大切です。本文全体を理解できなくとも、多くの設問は解けます。

そもそも傍線部の言い換えすらできないのに、筆者の主張を把握したり、本文を要約したりしただけで「本文を理解した」と考えてしまうのは、とても雑な読解です。

文章は文と文とのつながりによって書かれます。そのつながりをきちんと把握することこそ、本当の意味での読解力です。読解力があれば、設問を丁寧に検討していく過程で相同表現や対比表現にも気づき、最終的に本文全体の完璧な理解に近づくでしょう。

「本文を読めれば問題も解ける」とのたまう国語講師は、本質的な読解力が貧弱で、「何となく」で問題を解いているだけのバカです。そんなバカのせいで、「本文を読めなかったから問題も解けなかった」と言う受験生が毎年量産されています。

僕の指導では、「本文を読めれば問題も解ける」というふざけた精神論を排除し、生徒たちに現実的で応用の効きやすい方法論を教えています。

トップ画像=フリー写真素材ぱくたそ / モデル=大川竜弥

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