非効率的な「楽しさ」を捨てた先にある最上位校受験のための勉強法

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みみずく戦略室
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「楽しさ」だけを原動力にすると……

最上位校受験生は、どうでもいい「楽しさ」に費やす時間を、重要語句の暗記や計算練習など、「つまらない」作業に費やすべきです。「ああ、楽しかった~」で終わる授業を受けて満足するのは、テレビやマンガを見て時間を過ごしたのと何ら変わりません。

「楽しい方が勉強をがんばれる」という意見もあるでしょう。しかし、最上位校に入学して、将来医者や弁護士を目指すべき生徒に、この意見は適用するのでしょうか?

たとえば、医者は、手術で人体を切り刻んだり、患者の死と直面したりします。弁護士は、凶悪犯の弁護をすることもあるでしょうし、人間関係ドロドロの遺産相続争いに介入することもあるでしょう。こういう仕事は楽しいですか?「楽しいからがんばれる」という気持ちだけで、長く続けられますか?

高度なスキルを求められて社会的地位も高い医者や弁護士のような職業は、「楽しさ」だけではやっていられないはずです。彼らは、日々困難と向き合い、つまらないことや苦痛なことも沢山こなしながら、それでも社会のため、他者のために仕事を続けるのです。

このような職業を目指す生徒が、「楽しさ」だけを原動力にする習慣を身に付けてしまっては、将来的に仕事を続けられないでしょう。もっといえば、最上位校に合格することすら不可能です。最上位校受験で求められるのは、全科目を高い水準で得点する穴のない学力だからです。楽しいことばかり勉強している生徒には到底突破できません。

実際、僕の高校時代を振り返ると、本当に優秀な生徒たちは、教師の雑談タイムに自分の勉強をしていました。また、某予備校の衛星授業を受講する場合も、講師の雑談を早送りして、勉強に関係のある部分だけを視聴していました。彼らは、自分に必要なのは「楽しさ」でないことを分かっていたのです。

「楽しいからがんばれる」だけなら犬猫と同じ

最初のページでも述べましたが、世の中の9割くらいの生徒たちにとっては、「勉強は楽しく!」で問題ありません。しかし、「自分は残り1割に当たる」という自覚のある生徒のうち、何でもかんでも楽しめる天才以外の凡人は、非効率的な「楽しさ」を捨てるべきです。

そもそも、「楽しいからがんばれる」というのは、人間でなくてもできることです。犬や猫でも、エサのためなら疲れを厭わず走りますし、命懸けで狩りもします。しかし、将来のご褒美のために、何日間もじっとしていることはできません。犬や猫は、目先の快不快、つまり「楽しさ」で行動しています。

将来究極の人間性を求められる最上位校受験生が、犬猫と同じ行動しかできなくてどうするのですか?

最上位校受験生とその保護者は、現在の勉強法を見直して、「今やるべきことは何なのか?」を改めて考えてみましょう。

トップ画像=フリー写真素材ぱくたそ / モデル=河村友歌

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