【時事問題対策】イスラム教とテロリズムの関係をまとめてみた

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イスラム過激派が関与した事件

イスラム過激派が関与した事件のうち、日本でもニュースとなった事件を紹介します。

バーミヤン遺跡の大仏破壊

バーミヤン渓谷は、アフガニスタンの首都カブールの北西に位置します。その文化的景観と古代遺跡群はユネスコの世界遺産です。

2001年3月、イスラム教が禁じる偶像崇拝に大仏が反するとして、タリバン政権がバーミヤンの大仏を爆破しました。タリバンの行為は世界中から批判されました。

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アメリカ同時多発テロ事件

2001年9月11日、4機の旅客機がハイジャックされました。2機はマンハッタンの世界貿易センタービルへ、1機はペンタゴン(アメリカ合衆国の国防総省庁舎)へ突入し、1機は墜落しました。12日には、ジョージ・W・ブッシュ大統領が「テロとの戦い」を宣言しました。また、この中で、同時多発テロ事件の首謀者がアルカイダのオサマ・ビン・ラディンと断定されました。

同年10月、オサマ・ビン・ラディンをかくまうタリバン政権を、アメリカはイギリス・フランスなどと共同で攻撃しました。タリバン政権は約2か月で崩壊しました(アフガニスタン紛争)。「不朽の自由作戦」と呼ばれるこの軍事作戦は、国連憲章第51条に定められる集団的自衛権の行使とされています。

同年12月、ハーミド・カルザイを首相とする暫定政権(=仮に設置される政権)が発足しました。2004年10月9日には、カルザイが大統領に就任して、アフガニスタン・イスラム共和国が成立しました。現在もタリバンなどによる攻撃は収まらず、治安は回復していません。

アメリカ同時多発テロ事件の発生を受けて、日本(当時の首相は小泉純一郎)では、2001年10月29日にテロ対策特別措置法が成立しました。これは、アメリカなどがアフガニスタンを攻撃する際、日本が後方支援することを定めた法律です。

2年間の有効期間がある時限立法でしたが、何度も延長されました。しかし、2007年11月1日に期限切れ失効しました。それに伴って、インド洋に派遣されていた海上自衛隊は撤退しました。

テロ対策措置法について、集団的自衛権の行使に当たり日本国憲法9条に反する可能性があるとして議論されました。

イラク日本人青年殺害事件

2004年10月27日、アルカイダ関連グループが香田証生を人質にしたというという犯行声明を出しました。犯行グループが日本政府に要求したのは、イラクから自衛隊を撤退させることでした。これに対して、日本政府は「テロリストに屈しない」という立場から要求を拒否しました。その後、犯行グループは香田の首を切断して殺害し、その様子をネット上に動画配信しました。

イスラム国日本人人質事件

2015年1月20日、イスラム国が湯川遥菜と後藤健二を人質にして身代金を要求する動画が公開されました。これに対して、安倍晋三首相はエジプト・カイロで演説をし、「イスラム国と闘う周辺各国に総額で2億ドル程度、支援をお約束します」と宣言しました。この演説に反発したイスラム国は人質2人を殺害しました。

パリ同時多発テロ事件

2015年11月13日、パリ市街と郊外で銃撃と爆発がほぼ同時に発生しました。実行犯は、イスラム国(IS)の戦闘員でした。

15日、フランス空軍は、イスラム国(IS)の拠点であるシリアのラッカを空爆しました。17日にベルサイユ宮殿で開催された上下両院合同会議では、オランド仏大統領が「フランスは戦争状態にある」と演説しました。

誤解や偏見を助長しないために

イスラム教とテロリズムの関係については、政治的・宗教的な色合いが強くなるため、入試問題で深く掘り下げられることはありません。大きな事件と関連する人物や法律、背景にある一般的なイスラム教の知識などが問われる程度です。

しかし、中途半端な知識を暗記しただけだと、「イスラム教=テロリズム=危険」のような誤解が生じかねません。偏見を助長しないためにも、個々の事件をきちんと体系立てて理解していくことが大切です。

無料プリント」ページには確認問題も用意しました。こちらもご利用ください。

トップ画像=Pixabay

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