日本語力が未熟だとどうなる?「読解力がピンチ」の記事から考える

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みみずく先生のプロ家庭教師&ライター奮闘記
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「わからない」の背景にある問題

冒頭の記事で調査対象となった読解力だけでなく、日本語の読み書き能力全般を「日本語力」と定義します。その上で、日本語力が人格形成にどう影響するかを考えてみたいと思います。

たとえば、「私は、野球をしている男の子を見ました。」と「私は、男の子が野球をしているのを見ました。」は同じでしょうか?これは、「同じ」と考えて問題ありません。「野球をしている男の子」という修飾・被修飾の関係を、「男の子が野球をしている」という主語・述語の関係に書きかえただけだからです。

「修飾・被修飾/主語・述語」の書きかえも、記事中で紹介されていた「能動/受動」の書きかえに並んで、多くの生徒たちが苦手とするところです。こうした書きかえができない生徒たちは、一般的に成績が伸び悩みます。中には、学校の成績が良好だったり、マークシート方式の試験で高得点を叩き出したりして、学力が高く見える生徒もいます。

しかし、彼らの「高い学力」は全てまやかしです。それは、彼らに文章を書かせてみると一目瞭然です。彼らは、問題文の意図を読み取れずに的外れなことを書きます。助詞や助動詞がグダグダで理解不能な文章を書くのも彼らの特徴です。

彼らは日本語力が未熟なため、とにかく「わからない」状態にあります。他人の言っていることを理解できないし、教科書などの文章も独力で読み取れません。もちろん、自分の言いたいことを相手に正確に伝えるのも困難です。

だからといって、「わからない」は日常生活に支障を来すわけではありません。普段の会話は、身振り手振りで何とかごまかせますし、相手が合わせてくれることも多いからです。そのため、日本語力が未熟な生徒たちは、「わからない」から目を背け続け、「きっとこうだろう」と突き進んだ挙句、歪んだ自我で凝り固まってしまいます。

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