小説問題で登場人物の心情をどう答える?客観的読解と深読みの境界

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
みみずく先生のプロ家庭教師&ライター奮闘記
広告

評論は得意だけれども小説は苦手!?

僕の国語指導では、国語の点数を飛躍的にアップさせる生徒がいます。その多くは、数学や物理などの理系科目が得意な生徒たちです。彼らは、少ない公式を用いてさまざまな問題を解いていく思考法を好みます。そうした思考法に、僕が教える国語の問題の解き方がマッチするわけです。

そんな彼らは、ある時期から悩み始めます。曰く、「評論は得意だけれども小説が苦手なんです」。確かに、彼らは評論問題で高得点を叩き出します。しかし、小説問題では失点が目立ちます。その原因は何なのでしょうか?

【補足】「小説は得意だけれども評論は苦手」とは?

「小説は得意だけれども評論が苦手」という生徒もいます。彼らの言う「小説は得意」は単なる錯覚です。これまで解いてきた小説問題がたまたま高得点だったから、彼らは「小説は得意」と思い込んでいるだけです。

そもそも評論ができなければ「国語(現代文)ができる」ことにはなりません。評論問題は、最低限の語彙力と論理を正確に追える力、すなわち「国語力」があれば必ず正解できます。「評論が苦手」と言う生徒には、根本的な国語力が欠如しているということです。

小説問題では、何となく読んで、何となく解いて、何となく「正解」することもあります。それを「得意」と言っているようでは、国語全体の点数アップは難しいでしょう。というよりも、そんなレベルで「得意」と勘違いしてしまう生徒のほとんどは、勉強全般がいい加減です。彼らは、国語に限らず、他の科目の成績もいまいち振るいません。

広告
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
広告

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です