【センター現代文】センター試験の評論で選択肢を絞り込む技術3選

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みみずく先生のプロ家庭教師&ライター奮闘記

【No.2】筆者が定義した言葉に注意する

次に、2011年本試験の第1問の問4を検討します。本文の出典は鷲田清一「身ぶりの消失」です。

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問4は傍線部の言いかえです。問題を解くために本文中の根拠を探すと、次の箇所に辿り着くはずです。

そこで開始されようとしているのは別の「暮らし」である。

ここで、受験生は立ち止まらなければなりません。なぜなら、「暮らし」という言葉にかぎかっこ(「 」)がついているからです。「そこで開始されようとしているのは別の暮らしである。」ではなく、「そこで開始されようとしているのは別の「暮らし」である。」です。かぎかっこが付いている言葉は、筆者が自分なりの定義でその言葉を使いたい場合です。

たとえば、「私は学校に行きたい。」ではなく「私は「学校」に行きたい。」と書かれている場合、かぎかっこ付きの「学校」は、辞書で定義される日常用語でありません。筆者にとっての「学校」は、勉強するための施設ではなく、友情を育む場だったり、心身ともに疲弊させられた牢獄だったりします。筆者なりの「学校」の定義は、本文中のどこかに書いてあるはずです。

このように、筆者が定義した言葉については、その定義を本文中でしっかり確認する必要があります。定義確認の作業を怠ると、選択肢の正誤判定で落とし穴にはまりますよ。

2011年本試験に戻りましょう。「暮らし」にかぎかっこが付いている以上、これを日常用語と混同してはいけません。

選択肢の②や⑤では、「暮らし」が「生活」に言い換えられています。しかし、この言い換えは、あくまでも日常用語の「暮らし」を言い換えたものとしては正しくても、筆者の定義した「暮らし」の言い換えとしてはふさわしくありません。次の通り、筆者の定義する「暮らし」は単なる生活でないからです。

「暮らし」の空間が他の目的を明確にもった空間と異なるのは、そこでは複数の異なる行為がいわば同時並行でおこなわれることにある。

「暮らし」を安易に「生活」と言い換えている選択肢はかなり胡散臭いですし、実際にこれらの選択肢は不正解でした。

かぎかっこ付きの言葉、すなわち、筆者が定義した言葉には注意しましょう。

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